2017年、小堀明彦は中学校でいじめにあっていた。教頭の諸岡は、掃除用具に閉じ込められていた明彦を見つける。教室に落ちていた張り紙「予定は決定ではなく未定である」を書いたのは、住宅春美という、かつて諸岡が関わった生徒だったことを語り始める。













 1980年前後、住宅春美が働いていた食堂で彼女を紹介されたこと、商店街で再会したこと、春美が得度し「顕信」という法名になり「無量寿庵」という仏間を作ったこと。そして25歳の若さで亡くなったこと。













 小堀は、諸岡から借りた住宅顕信の句集「未完成」を読み始め、その俳句と住宅顕信の生涯に徐々にのめり込んでいく。1984年、22歳の住宅顕信は急性骨髄性白血病を発症。家族の献身的な介護に支えられながら、句作に没頭していく。しかし病状が悪化し句集「未完成」の原稿を握り締めながら1987年、25歳の若さで亡くなるのだった。小堀は住宅の句と生き方に感銘を受け少しずつ変わっていく……。